永富三基 | 河和田アートキャンプを経て鯖江へ。サラリーマンを経て経営者への道を歩む。

「さばえの仕事図鑑」として、鯖江市にある魅力的な仕事を紹介しているこのwebサイト。

働くのは良いけど、住むのって大変なんじゃないか……と考えておられる方もいるのではないでしょうか。

生活環境を変えることはそう簡単ではありません。仕事も暮らしも、すべてが理想通りというのは難しい。いざ住んでみると、その土地ごとの魅力の裏には、それぞれの厳しさが隠れていることもあります。

実際に鯖江市に移住した人たちは、何をきっかけに移り住み、どのように暮らしているのでしょうか。それぞれ全く異なる道を辿ってきた方々のストーリーを紹介します。

 

「みつき」と名前で呼ばれたことへの喜び。ローカルの魅力は小さなコミュニティにある。

 

今回お話を伺ったのは牧野塗装店の永富三基(ながとみ・みつき)さん。大阪市のご出身の30歳。京都精華大学を卒業後、2012年に新卒で鯖江に移住してこられ、現在は中野町にお住まいです。奥様の家業に入られて1年、鯖江でのこれまでとこれからを、お話いただきました。

「鯖江に来たきっかけは河和田アートキャンプに参加をしたことです。大学に入学した2008年から2011年までの4年間参加をして、学生生活の思い出の多くが鯖江でのことです。卒業した2012年3月に河和田町に移住して、4月に株式会社ヤマト工芸に就職。ヤマト工芸では6年間働き、2018年に退職して、現在は義父の家業である牧野塗装店に勤務して修行中です。」

河和田アートキャンプでは2年目から中心メンバーとして活躍し、地域の方と深いコミュニケーションを重ねてきた永富さん。色々な方と話すうちに、人情味に溢れる良い地域だなという印象を持ち、最後には自分の人生とも重ね始めたそうです。

「3年生頃から進路のことを考えはじめて……、大学で専攻していた建築設計だけでなく、家具職人や大工の道も検討していました。そんな中で、ふと河和田アートキャンプと働く事が結びつきました。よく考えたら河和田には漆器があって木地加工をしている。木工所に勤めている人って僕の周りでは聞いたことがなかった。建築に活かせる技術を習得できそうだし、建築とは違い商材が小さくお客さんの手に渡るまでの時間が短いので、より沢山の喜びが見られるんじゃないかと思ったこともあって、新しい領域を創ってみたいという思いから、河和田へ移住しようと考え、ヤマト工芸の門を叩かせていただきました。」

いちばん記憶に残っているのはヤマト工芸に入社されたときだという永富さん。鯖江の懐の深さを実感されたエピソードです。

「面接のときはガチガチのリクルートスーツを着て行きました(笑)。社長の息子さんと娘さんに声を掛けていただき、玄関で社長を呼び出してもらいましたが、2階で組み立てをされていて時間がかかりました。どこの誰だ?という感じで不審に見られながら、履歴書とポートフォリオを持って応接室へ……。ビクビクしながら待っていました。

社長が来て、自分がヤマト工芸を志望した経緯を話したのも束の間、社長自身のまちづくりの経験と歴史を話していただきました。その後、車で移動して社長が持っておられる畑で食育の話を聞きながら、良くも悪くもどんどん高野社長ワールドに引き込まれて行きました。その後スーツ姿で工場内を案内していただいていたところ、中央付近でピタッと止まり『この子、4月から来る!』と社員の方へ紹介していただきました。来るもの拒まず去る者は追わずの社長。面接のときも『やりたいことが他にみつかったら辞めても良いよ』と説明を受けました。全方向に熱い社長の想いを聞く中で、この会社面白そう!と思い、入社を決めました。」

永富さんが鯖江に移住した2012年には、河和田アートキャンプをきっかけに、OBGOが5~6人、鯖江に移住していたので、頼りになる先輩たちの存在は大きかったと話します。

「大阪の実家は団地住まいで、小さなコミュニティはありますが近所に誰が住んでいるのかわからないような状況でした。ご近所付き合いが無い状況を寂しいと感じていたので、ローカルな環境の方が身の丈にフィットしていますね。」

(古巣の河和田アートキャンプ現役学生たちに指導する永富さん)

学生時代から仲の良いおじさんたちから『みつき』と下の名前で呼ばれるのが本当に嬉しかったと話す永富さん。自分がどういう人間か周囲が知ってくれている安心感と、その名で存在が埋もれないことが、小さなまちに所属する喜びだと永富さんは感じておられます。

「都市とは違って、一人一人の顔と名前が一致する状態だと、色んなことを「教えてもらいながら」「支えてあげる」という世代を超えた互助の関係が作りやすいんです。これからずっと住んで行くことを想像すると、良いまちだなと思います。」

 

結婚、子育て、転職。目まぐるしくも充実した日々。

 

移住した河和田アートキャンプOBOGではじめた団体「TSUGI」の立ち上げメンバーでもある永富さん。スタート時を振り返ります。

「TSUGIは移住して1年目のときから新山さんを中心に計画していて、2013年から本格始動しました。バリバリ職人をしていた頃です。もともと住んでいた大阪や京都では遊ぶ場所で悩むことはありませんでしたが、鯖江に来てから、エルパ(福井市にある商業施設)に行くのか、他の同年代と同じようにアウトドアなのか……? と疑問が湧きました。」

都市圏から移住してきた永富さんたちにとって「休日に何をするのか」というのは重大事項でした。自分たちで面白いコンテンツを作って、遊びと仕事を兼ねてやっていくのが良いんのでは、という話をされていたそうです。

「例えばトークイベントを企画してゲストからお客さんと一緒に自分たちも学んだり、ものづくりのワークショップを開催して幅広いものづくりを知ったり。自分たちも体験しながら、お客さんも呼ぶことで、自分たちの仕事のスタイルが確立できて、知り合いも増えるからこれからの生活が豊かになって行きそうだということで進めていきました。」

現在も河和田町にある施設「PARK」を中心に、子連れでも参加できるイベントなど、様々な取り組みに関わっておられます。

仕事もプライベートも楽しむことを忘れない永富さん。充実した日々の中、転機が訪れます。

「2016年に鯖江市出身の妻と結婚し、2018年に第一子が誕生しました。ヤマト工芸では職人から営業に誘われ、職人の仕事もしつつ営業メインの業務に切り替わっていました。

実は結婚した当初から、お義父さんが経営する牧野塗装店に来ないかと嫁伝えで誘われていました。始めは絶対に行かないと思っていました。ペンキ屋の仕事を特にしたいと思ったことはありませんし、暑い・寒い・外仕事で真っ黒になるという過酷な仕事なんです。」

お子さんが生まれ、奥様が里帰り出産でご実家に戻られた際、永富さんも3ヶ月ほど一緒に住み込んで暮らしておられました。そこで、気持ちの変化があったそうです。

「お義父さんお義母さんとの会話の量が増え、お互いがどういう仕事をしているのかを話しているうちに、ペンキ屋になりたいというよりも、お義父さんと一緒に働きたいという思いが強くなってきました。もちろんヤマト工芸に心残りもありますが、お義父さんの人としての魅力に惹かれたことと家族を優先したい気持ちから、お世話になったヤマト工芸を退社して牧野塗装店に跡継ぎ候補として入社しました。」

「本当に面白い方で、これまでの自分の話をしても、『今はペンキ屋に集中しなさい』と言われるのかと思いきや、木工業界の話を面白がって聞いてくれますし、新しいチャレンジを受け入れてくれます。これはボランティアですが、TSUGIのショップを塗り替えるときに、ペンキ塗りワークショップをやることになった際、講師として行ってこいと牧野塗装店公認で背中を押してくれました。」

サラリーマンだったこれまでと違い、自営業の仕事は休日関係なく常に頭の中が動いていると永富さん。どこまでが仕事なのかという区切りに悩みつつも、前向きです。

「日中は現場、夕方から事務をして、夜は同業者との付き合いがあるというスケジュールです。休日も午前中は仕事に行ったりしていますが、サラリーマンをしていた頃とは違ったやり甲斐を感じています。自分の名前で仕事をして食べているという感触があり、緊張感やプレッシャーもありながら、家が塗りあがり、完成したときにお客様に嬉しいと思ってもらえるなどやりがいと達成感が大きいです。今では徐々にペンキ屋って面白いなに変化してきました。」

これまで自社で悩まれていたこともでヤマト工芸の設備と技術があれば達成できることが少なからずあるそうで、2~3ヶ月に1回はヤマト工芸を訪れることがあるのだとか。他にも木工の仕事について相談された際にヤマト工芸を紹介することなどもあるそうで、良い形でキャリアが繋がっていっているのが感じられました。

 

新しいペンキ屋像を作る。共感してくれる新規スタッフを募集中。

 

現在牧野塗装店では将来の新しいチャレンジに向けて、新規スタッフを募集されています。

「ペンキ屋は主に『朽ちてきたものを塗り替える』という、元あるものに付け加えていく作業が多いのですが、ペンキだけじゃなくても良いよねという流れを作りたくて、慣習に囚われず色んなことをやっていっても良いのではないかと考えています。はっきり方向性を決めたわけではありませんが、別軸を探るべく溶接の免許を取りに行ってみたり、大工仕事もしています。

自社でモノを作ってペンキで色が塗れれば製品が作れます。これまでの建設業とは違った新しい仕事が作れる。今そのあたりを、社長と話し合いながら模索している最中です。」

会社では、人を徹底的に育てる方針だと話す永富さん。育てることに対しては時間を惜しまないと断言します。

「うちの社長が求める人材は、とにかく仕事を面白がる人。当たり前なんですが、そこが一番重要です。そういう風に思って来てくれて、泥臭い仕事も含め、一緒にやってくれる人がいるのなら歓迎です。」

5年以内には技術的な引き継ぎを済ませて、牧野塗装店を承継し、法人化させる計画だと永富さんは話します。これまでに無いチャレンジに関わりたいと興味を持った方は、ぜひ連絡をしてみてください。

「お義父さんよりも家にいる時間が圧倒的に少ないと妻には言われていますが、今が頑張りどきだと思っています。もちろんちゃんとオフの日を作って、鯖江の西山公園にレッサーパンダを見に行ったり、武生のだるまちゃんの広場に遊びに行ったりしていますよ。」

もうすぐ二人目が生まれるという永富さん。仕事もプライベートも、移住してからセカンドステージに入りますます充実してきています。まちがいなく、未来の鯖江を担っていく人材になっていくのでしょう。

 

 

【永富さんのお仕事】
牧野塗装店
〒916-0088 福井県鯖江市川去町37-6
電話:0778-62-1839

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