嶋田希望 | 東京で出会った色漆の漆器に魅せられて。

「さばえの仕事図鑑」として、鯖江市にある魅力的な仕事を紹介しているこのwebサイト。

働くのは良いけど、住むのって大変なんじゃないか……と考えておられる方もいるのではないでしょうか。

生活環境を変えることはそう簡単ではありません。仕事も暮らしも、すべてが理想通りというのは難しい。いざ住んでみると、その土地ごとの魅力の裏には、それぞれの厳しさが隠れていることもあります。

実際に鯖江市に移住した人たちは、何をきっかけに移り住み、どのように暮らしているのでしょうか。それぞれ全く異なる道を辿ってきた方々のストーリーを紹介します。

昔からものづくりが好きだった。自分のやりたいことに向き合いながら決めた進路。

今回、お話を伺ったのは、東京都練馬区出身の嶋田希望さん27歳。

創業1793年、227年続く老舗の「株式会社漆琳堂」が作る漆器に魅せられ、2015年に就職を機に鯖江へ移住。今年で5年目になります。

鯖江に来た当初、福井新聞で取材を受けたのを皮切りに、今でも取材が絶えないというちょっぴり有名人の嶋田さん。鯖江へ来るきっかけとなった漆琳堂との出会いから最近の暮らしまで、たっぷりとお話を伺いしました。

「小さいときからものづくりが大好きで、高校も東京都の水道橋にある工芸高校へ進学をして金属工芸を学んでいました。そこで、鍋や指輪を作っていたんですが、仕事にすると考えたときに、しっくりこなくて……。それに変わるものづくりを探していたんです。」

「あるとき、美術館に行く機会があって、畳1畳分の大きさの作品に惹かれました。その素材が気になってキャプションを見たら、使用素材に『漆 』と書いてあって。漆って塗料としての魅力があるのではと思い、漆が学べる学校を探しました。」

地元の東京で漆を学ぼうと思うと、東京芸術大学を目指しましたが受験に落ちてしまいます。

芸大に行きたいというよりは、漆が学びたい。

とにかく早く学びたかったという嶋田さんは、漆を学びに京都の伝統工芸大学校へ。

京都の伝統工芸大学校は2年制の学校。道具作りからはじまり、漆についての座学、お椀・お盆を作ってみるなど漆の基本を学びました。

「2年間はあっという間で、作れるものってほんとに少ないんです。学校で習っていた京漆器は、漆器というより美術工芸品がメインで、作業面でもいかに美しい角を出すかなど……が中心で、仕事で求められる『数』をこなすことはできませんでした。

一通り塗りに関することは学びましたが、学校と仕事では違うんだろうなと思い、仕事としての『塗り』を身に着けるためには、学校だけではダメでどこかで働かなきゃならないと実感しました。」

漆のことを学び、ますます魅了されて行くものの、卒業のタイミングではしっくりとくる就職先が見つかっていなかったという嶋田さん。

「漆器の小売店とか、店舗販売員の求人はあったのですが……。『漆塗りの職人』を求人している会社がほとんど無くて。」

「自分の性格上、やりたくない仕事は続かないとわかっていたので、一度東京に帰りました。東京では、2年間ほどフリーターをしていて、やりたいことが見つかるまで違うことしていようと、ラフに考えていました。

おしゃれなカフェで働いてしまったら居心地が良くてずるずる働いてしまうような気がして、とりあえず古本屋で働いてみました。しかし、入ってみたら面白くて……(笑)。会社の業績も伸びているし仕事のオペレーションもしっかりしていて、スタッフを育てる・育てられる楽しさもあり、なんだかんだランクアップしていきましたね。」

ある日、東京の某老舗雑貨店で並んでいた漆琳堂の「色拭き漆椀」に出会います。

「学校で学んでいたときに、もともと色漆を使って製作したいと思っていたので、店頭で出会ったときに『これこれ!これいいな〜!やってる会社あるじゃん!』と思いました(笑)」

京都で色漆を学び、漆の独特な色合いに惹かれていた所に既にその技術を使って商品化している漆琳堂を見つけ、遂にめぐり逢えた理想の漆器の製造元!と、ともかく電話をかけたそうです。

「漆琳堂はそのとき募集をしていなくて、電話をかけたときに、『 うち、募集してましたっけ?』と逆に聞かれました(笑)。いや、募集はしていないと思うんですが……、器に惹かれて……、働かせていただきたいと思っています。と、強引に話をしました。今では就職希望者が年々増えてるのでこんなにすんなりはいかないし、今思うと迷惑な話だなと思いますが(笑)」

豪快に突き進んでいった漆琳堂への道

東京と福井の距離に関しては何の抵抗もなくて、やりたいことができるんだったら当然行くでしょ!と思っていた嶋田さん。

「漆琳堂を受けるということは、親には言わないで、決まってから言おうと思っていたのですが、面接の日にきちんとした服を来て家を出るときに親に見つかって、福井?!と驚かせてしまいましたね」

当時、東京のご実家で暮らしていた嶋田さん。専務の東京出張に合わせて2度の面接を経て、採用となりました。

「はじめは、専務とは電話でしか話していませんでした。職人さんなので怖いイメージがあったのですが、実際に会ってみると、伝統工芸感がない……というか、普通の柔らかい方で安心しました。

学校で何を学んでいたの?とか、自主制作していたアクセサリーを持っていったり、これまでの経緯をお話したり。河和田や会社の話を聞いたり。仕事内容など色々な話をしましたね。」

いざ福井へ!すんなりと受け入れられた鯖江の暮らし。

 

無事採用となり、鯖江での生活の準備を進め始めた嶋田さん。東京では自転車移動が当たり前だった生活。最初は自転車で頑張って生きて行こうと思っていたそうですが、今となっては車が無いと無理だったと話します。

「初めて鯖江に行ったのは採用が決まってからです。練馬ナンバーのジムニーに乗って母と2人で来ました。何件かマンションを見ていて、鯖江駅近くのマンションから自転車で河和田まで通う予定だったのですが、河和田の人にはそれは無理だとわかっていたので、専務が河和田地区内で空き家を探しをしてくださり、家が見つかりました。」

「今の家は、河和田地区内にあるのですが、鯖江へ来る前に専務が、大家さんとやり取りしてくださって決まった家なんです。会ったこともない移住者に家を貸すというのはハイリスクですよね。自分だったら疑っちゃうし。町内の人の温かさが嬉しかったですね。」

平屋に住むことに憧れていた嶋田さん。一軒家に住むことができて、夢が叶いわくわく感でいっぱいだったと振り返ります。

「一軒家でひとり暮らしなので、世帯主として地域の運動会やゴミ当番などに出ています。東京では親がやっていたのだと気づいたんですが、こちらでは自分がやる立場になりました。はじめはびっくりしましたが、地域の人とのつながりを東京のときよりも強く感じるし、新鮮です。」

「町内の秋祭りにも声をかけていただき、初めてたい焼きを焼きましたね(笑)。普段とてもお世話になっているので、そのくらいで役に立てるのであれば嬉しいです。」

2018年の豪雪では、家の四方が雪の壁で囲まれたそうですが、大家さんとご家族が雪下ろしをして下さったり、地域の方々に支えられながら、今のところ暮らしで困ったことはないそうです。

あたたかい漆琳堂。家族の一員のような関係性の会社。

嶋田さんが入社するまでは、ご家族のみで経営をされていた漆琳堂。嶋田さんが入社後、5年間で県外から若い3人の女性が後輩として入社。すっかり大所帯となりましたが、今でも家族と一緒にお昼ご飯を食べておられます。

「仕事は、基本的には塗りをしています。他にも修理をしたりとか、専務と共に打ち合わせに参加したりと最近はやる事が増えてきました。

上塗りを任せてもらえるようになったのは最近で、まだ技術的に大きなものは苦手だったり、刷毛目で仕上げる商品などはロスが多い現状です。難しい塗りのときには社長や専務が隣に付いて、指導していただいています。ロスが出ることを前提に練習をさせていただける環境は本当に感謝しかありません。」

学生のころからアクセサリーを作りたいと思っていた嶋田さん。うるしのブローチや、傷やフシ(ゴミ)などによって廃棄になるお椀の破片をアクセサリーにしたブランド『kacera』など、ミーティングで話し合って出てくる商品企画もいくつかあります。

「京都時代にも色々やっていましたが、習っていたこととは全く違う。京都で学んだ技術というのは本当に触りだけで、漆の知識は付きましたが、今思えば技術的にはゼロの状態です。」

入社したその日に「お椀の木固めを300個して!」と言われたのが忘れられないという嶋田さん。学生時代に塗ったのはたった2個なのに、次元が違うと感じたそうです。ここに来てから数をこなして覚えていくということに気がついたそうです。

「会社自体が新しいことをどんどんやっていこうとしているので、今はそのプロセスを学んでいます。余裕が出てきたら、自身の商品なども生み出していけたらと思っています。

修行をしているという感覚はなくて、会社員として働いている気持ちが強くて、独立というよりも漆琳堂と一緒に成長していきたいという気持ちが強いですね。」

漆に魅了され、じっくり探し続けた先に自分の求める漆器に出会えた嶋田さん。

鯖江へ来てからも地域に溶け込みながら、相性ぴったりな漆琳堂の中で塗師としての経験を積みながら今後どんな活躍をして行かれるのか楽しみです。

【嶋田さんが働く会社】
株式会社漆琳堂(webページはこちらから)

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