孫和哉 | 移住して6年。人と出会い、つながっていった今の環境。

いつもは鯖江市にある魅力的な仕事を紹介しているこのwebサイトですが、働くのは良いけど、住むのって大変なんじゃないか……と考えておられる方もおられるのではないでしょうか。

生活環境を変えることはそう簡単ではありません。仕事も暮らしも、すべてが理想通りというのは難しい。いざ住んでみると、その土地の魅力の裏に厳しさが隠れていることもあります。

実際、鯖江市に移住した人たちは、何をきっかけに移り住み、どのように暮らしているのでしょうか。県外から鯖江に移住した方のストーリーを紹介します。

大学在学中に出会った鯖江のまちと、考え始めた「ものづくり」への道。

今回お話を伺ったのは、孫和哉(そん・かずや)さん。大阪府松原市出身の28歳です。孫さんは、京都精華大学芸術学部で洋画を学び、学生時代の4年間、河和田アートキャンプに参加。大学を卒業後、2016年の春に新卒で鯖江へ移住されました。

福井県の伝統工芸職人塾制度を利用し、越前指物の塾生として5年間、越前指物の製造を行う有限会社ヨネクラ木工に勤務。2021年の春から、この1年間は独立に向けての準備を進めておられます。

大阪から鯖江へと新しい環境に移り、様々な出来事が起こる中、何度も地元大阪に帰ることを考えたと話す孫さんですが、現在も引き続き鯖江に拠点を置き活動をされています。2022年春からは河和田地区に工房を構え、お仕事を広げていかれる予定です。

鯖江に来て6年。現在、木製家具の製造を軸にお仕事をされている孫さんですが、どのような出来事があり鯖江で現在の道に進んでいったのでしょうか。お仕事を始めたきっかけから、これから動き始めることや、これからに向けて考えていることを話していただきました。

「大学生のときに、河和田地区で行われている河和田アートキャンプに4年間参加していました。”健康とアート”というプロジェクトに参加し、”習慣をデザインする”という事をテーマとして考えていたときに、『昔の生活や暮らし』に触れて、実際に使えるものや機能性のあるものって良いなと思ったんです。」

「大学では洋画(油絵)を専攻していましたが、絵の評価基準が『いいものはいい』という、あいまいな感じに思えてしまって…。だんだん先生方の言っていることを、すっと理解することができなくなっていきました。

誰が決めるものでもない評価を、評価されるということに疑問を持ち始め、"飾るもの ” よりも " 使うもの ” を作りたいと思うようになりました。」

そこから家具をつくりたいという思いが高まってきた孫さん。
しかし、洋画専攻なので家具制作では単位がもらえない、専攻を変える事も検討されていたそうですが、自主制作として木彫を始め、木に触れながら卒業後の進路を検討し始めました。

「卒業後の進路を考える中で、家具職人を検討していましたが、洋画専攻ということもあり、未経験者が採用してもらえるところがありませんでした。家具の専門学校も考えましたが、金銭的な負担も考えると、学校に通うという選択肢は難しく、学生時代から頻繁に来ていた鯖江で相談をしたところ、伝統工芸職人塾の枠を勧めてもらい、修行という形で進路が決まりました。」

しかし、決まったのは卒業直前の2月。ぎりぎりまでどのような会社へ行くのかわからず、知っている土地ではあるけれど、不安は大きかったようです。

苦しんだ1年目、5年間の修業期間で悩んだ日々。

「4月から仕事が始まりましたが、親方は厳しい方で、何度も怒られました。今思えば、最低限は早く覚えて技術を習得してもらおうと、厳しくプレッシャーを与えられていたんだと思えるのですが、始めの頃は " なんでこんなに怒られるんだろう… ” と思いながら仕事をしていて、1年目は会社に行くのが嫌で嫌で仕方がなかったです。」

「今となっては言わなくても良かったと思っているのですが、僕は1年目、親方に『職人塾での5年間の修行期間が終わったら、大阪に帰ります。』と話していました。そのくらい、環境の変化に苦しんでいたからです。

3年目辺りからは、これからのことを考えたときに、ここまで技術があれば他のところでも雇ってもらえるのではないかとか、違う世界が見たいと思ったり。辞めて他のところに行きたいと思ったこともありましたね。

最後の年の10月に、職人塾が終わった後は鯖江で独立をすると決め、親方へ伝えました。
伝統工芸職人塾は5年間という期間が決まっていたので、親方にはずっと、『5年間が終わるとどうするのか?』と何度も聞かれていました。70代である親方としては一つの場所で安定して働き続けるというイメージが強いと思うので、独立をして何をするのか、未経験から習得してきた技術を活かしてこれからも仕事を続けてほしいと思っていたのかもしれません。」

5年間、修行をして、仕事を進めていく中で様々なことを経験されてきた孫さん。

「ヨネクラ木工では、工務店から図面を受け取り、打ち合わせをして制作、納品するというのが、主な仕事の流れです。簡単なように見えて難しいところがあり、面白い仕事でした。

でも僕としては、直接自分の作ったものを使うお客さんの顔が見たいという思いがあって、お客さんがどういうものを求めているのかを、聴けるような仕事が良いなと思っていて。それをするなら、独立して、自分で責任を持って仕事ができたらなと思いました。」

厳しい修行の日々、自分のやりたい仕事の在り方など様々な葛藤と向き合いながら進んできた孫さん。5年間の仕事の中で印象に残っている、親方と一緒に企画・制作をした「組子の箸置き」を見せていただきました。

「2018年に、伝統工芸職人塾の塾生が1人ひとつ商品を作るという企画がありました。丁度、親方から箸置きを考えてほしいと言われていたので、この企画に使用したいとお願いをして、親方と相談しながら形を作っていきました。

職場では自分で形や用途を決めるのデザインをする機会が無かったので、親方と相談をしながら考える大変さを味わえたことが新鮮でしたね。作っているときも、僕が考えつかないようなアイデアを親方が提案してくださったり、これまでの積み重ねからお互いに納得が出来る考えがあったり、上手く重なって形になっていったので面白かったです。」

この箸置きは、「ニューフクイ」というふくい産業支援センターが運営する企画の商品の一つに選定され、東京にある百貨店「松屋銀座」で展示販売をして、孫さん自身が店頭に立ち、販売をされたそうです。

現在住んでいる家は、鯖江駅からすぐ近く、柳町にある一軒家。
鯖江に来てから、2軒のシェアハウスに住んだ後、3年前に現在の家にたどり着きました。

「トラブルがあり、2軒目のシェアハウスを出た後、1カ月ほど家がない時期がありまして...。

彷徨っていたときに、サンドーム西にある『coffee shop HONANO』さんが開店する前の準備中でした。建具や什器を作る仕事をしている職人の職業病ですが、開店前の内装などを見せてもらえるかなと思いふらっと見にいきました。そのときにオーナーの吉崎さんと仲良くなり、今の家を紹介してもらいました。

開店準備中で忙しいHONANOさんの代わりに家具を組み立てる手伝いをして、御礼に10枚の珈琲チケットをいただいたんです。それがきっかけで、OPENしてからよく通っていました。」

現在の家は、大家さんのお母さんが住んでいたお家。
今は友人たちと改装をして素敵な空間と作業スペースが整っていますが、お借りした当初は遺品整理した後の荷物がたくさんある状態。片付けもしなければならないし、荷物が沢山ある家に帰りたくないメンタルの日もあり、そんな日はHONANOさんに寄って元気をもらってから帰っていたそうです。

「通い続けるうちに、HONANOさんから色々と仕事をもらうようになりました。お店のカップボードを作ったり、絵画をやっていたというのもあってドリップパックの絵も描かせていただきました。」

「お店の常連さんには”何か作ってほしいものがあれば言ってくださいね!孫くんが良いものを作ってくれるので!”と店長さんが僕のことを紹介してくださっているんです。」

他にも、福井県内で様々な出会いがあり、福井市の飲食店から「扉を作ってほしい!」と依頼され制作をしたり、孫さんの作ったものがあちこちに納品されています。取材日には、HONANOさんの常連からいただいた仕事で、常連さんのお宅に古くから置いてあった木材を使って家具を作り納品されたそうです。

鯖江で独立を決めた理由。これからの展開とは。

 

当初は職人塾期間が終われば大阪へ帰ると決めていた孫さんですが、どのような変化があり鯖江に残り、独立することを決めたのでしょうか?

「福井では、自分のフットワーク次第でどんどん可能性が広がっていきますし、いろいろな産業があるので自分らしい形で家具と向き合っていける環境だということが大きいです。

今、珈琲屋さんからの紹介でお仕事をいただけているように、人と人とのつながりでお客様がどのような物を欲しているのか、話しながら仕事につなげていきたいと考えています。出会わなかったら実現しなかったようなものを作っていけたらと思っています。

あとは木工で使う大型機械を福井で入手したことと、設置するための家賃が安いということもありますね。」

「ものを作るときは、ひとりで孤独に作ることが多いです。ですが、人との関わりを増やさないと人として大きくなれないと感じています。

ずっと大阪にいたので、鯖江あって都会に無いようなメリット・デメリットが分かりますし、地方でしかできないこととは何なのかを見い出せたらと思っています。」

名刺の肩書きは「作り手」。

「作り手は、職人でもなく、デザイナーでもなく、アーティストでもないけれど、全部含まれているイメージで使用しています。絵も描きたいし、木だけ、家具だけではなく、いろんなものを含んだ言葉として使っています。」

アーティストは思考に偏りがちになったり、デザインは味気ない部分があったり。そして職人は技術に偏よることが多いと感じているので、全てを含んだ一点ものを作るような形で、お客様へ作り手からの提案をしていけたらと話す孫さん。

来春からは、河和田地区に工房を構え、制作する環境が整い、作れるものも増えていく予定です。不便だった建具や味気なかった壁など、孫さんに会って話しをすると、形になっていくかもしれません。

孫和哉 WOL
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