小橋敬一 | 自分の求める品質は自分にしか作れない。1から10まで作って直販する作家スタイル。
景気が良いときも悪いときも、将来がどうなっていくのか予測をし続けることは、時代を切り抜けていくためには大切なことです。
しかし、経済の動きを見極めながら自分の好きなものづくりを極めることは、なかなかの決意とセンスが必要です。
今回お話を伺ったのは、小橋敬一(こばし・けいいち)さん。昭和18年生まれの77歳。
中学校卒業後から漆器の仕事を始め、これまで弟子入りすることなくほとんど独学で技術を習得してこられた凄腕の漆塗りの職人です。
現在は河和田産地内の仕事はされていませんが、独自で木地作りから塗りまでの技術を習得され、小橋さん自らデザインをしたお椀、テーブル、花器、踏み台といった、木と漆の素材を活かしたものづくりをしておられます。
珍しいスタイルの職人ですが、ここに至るまでの出来事を振り返ってお話をしていただきました。
「はじめは、塗りの職人として河和田の漆器の仕事をしていましたが、あるときから県外の仕事だけになりました。」
小橋さんの丁寧な仕事の評判が全国に伝わり、九州、四国、山陰、四国、山中、輪島といった他の漆器産地から「これに塗ってほしい」と木地が届き、塗りの仕事を引き受けるようになったそうです。
「私にとって仕事とは、儲かるものではなく一生懸命良いものを作るということでした。他産地の品物を河和田で仕上げて、その産地のものとして売る。当然その産地の品質に関わってくるので、しっかりとしたものを作らなければいけません。」
現在は他産地からの仕事も、販売不振や廃業、倒産などで、最初は十数件あった取引先もここ数年で全て無くなってしまったそうです。
「全ての仕事が無くなって良かったことは、中途半端に仕事をしなくて良くなったこと。例えば得意先が2件無くなって少し仕事が足りなくて生活に窮するような状況だと、新しい得意先を探さないといませんが、営業に時間と労力をかけることは作り手にとってとても大変なことなんです。なので、全て無くなったのは逆に良かったのかもしれません。」
取引先は無くなってしまいましたが、無理をせず、素直にそういう時代が来たのだと思い、新しい得意先を探すことはしなかったそうです。
「今の時代は、昔と比べると手間や技術は価値として重視されにくい時代になっているように思います。美術品や伝統工芸品を見て、なるほどと理解できる人が減っているんです。なので、一生懸命やっても無駄になってしまう。数少ない分かり合える得意先を探すことは大変なので、時間をかけず、自分の作りたいものを作っていた方が良いと考えました。」
自分でデザイン、木地、塗りまで。作ることが好きだから時間をかけて続けていく。
小橋さんのご自宅の敷地内には、住宅の他にギャラリースペースや木工用機械が入っている小屋など何軒かの建物が連なっています。
「私は塗りの職人でしたが、昔からコツコツと道具を集めていました。問屋からの仕事が無くなった頃に自分で木地作りをするための設備が完成し、一人で完結できるものづくりの環境が整いました。」
「他の人から見ると、好きやなあ、よくやるなあという世界だと思うのですが、私自身『道具』が本当に好きなんです。刃物が無いと何もできませんし、道具が無いとどうしようもない。一つの道具じゃ全てはできないし、私のしたい『ものづくり』には沢山の材料や道具が必要なんです。」
「今のスタイルは金儲けには全然繋がっていないのですが、繋がっていないということは売れるものを作らなくても良いという側面があります。利益を考えたらこんなものできることではないですね。」
「直販」という今の小橋さんに合ったスタイル。
「今は自分で作った作品の直販をしています。越前陶芸村で開催される越前陶芸まつりや、敦賀などで催事があると自分で出店販売をして、お客さんに買っていただいています。」
催事では、奥様とテントを出してご自身で制作された作品を並べて販売している小橋さん。これまでの問屋さんから仕事を貰って納品をするという形とは違い、手に取って下さったお客さんへ直接販売をするスタイルに変更されました。
「納期に追われず、精一杯手をかけたものをお客さんに買ってもらうということをしています。衝動買いでもなんでも良いので、足を止めて見てくれる方を相手に販売する。他の店では足を止めなかったのに、うちのところでは長い時間見て下さった後に買っていただけるということもあり、お客さんが自分の作品たちを選んでくださる姿を見られるのが嬉しいですね。」
「従来の仕事のように問屋さんから注文が入る形であれば、木地の段取りをして、仕上げて納品をするとお金が入って来ます。ですが、デザインから販売まで全部自分でやろうと思うと、設備から材料まで全て自分で用意しなければいけません。
誰も保証はしてくれないですし、自分では気に入って作っていたとしても、お客さんは興味が無いとなることももちろんあります。利益率や職人の生活を考えて計算してくれる問屋さんとは違って、直販で買ってくださるお客さんはこちらのコスト計算は当然してくれません。楽しいですが、これはこれで本当にシビアな世界ですね。」
厳しさもあるようですが、材料は今でも仕入れをして作品作りを続けている小橋さん。大きなテーブルから小さなお皿まで、木の厚みや使い方、漆の塗り方の細部にこだわりが見られます。
「何のための伝統産業なのか」と、産地の中で問い続ける。
小橋さんのものづくりのルーツである「伝統産業」について聞いてみました。
「何のための伝統産業なのか、というのは常に考えていないといけない問題です。
作り手のためなのか、買い手のためなのか。作り手の立場から言うとモノを作るという工程はもう十分出来ているので、伝統産業が上手くいかないというなら、買い手に問題があるのかも知れません。買い手に問題が無いのなら作り手が時代を読み切れてないのでしょう。そもそも本当に必要な産業なのかどうかも考えなければなりません。
さらに、漆器以外の他の商売も同じだと思いますが、大きいものが圧倒的に勝つと小さいものは勝ち目が少なくなります。地域の小売店全部が苦しくなり、仕事がもらえなくなります。そうなると大手に入るしかない。いま伝統産業を支えている個人の職人は大変な商売を強いられていると思います。」
小橋さんはこれまで、問屋の産地の仕事から県外の仕事に切り替え、今では自ら販売をしにいくという直販のスタイルになり、時代とご自身のこだわる作品の形に合わせてワークスタイルの転換を重ねてこられました。
たくさんの作品や材料が並ぶ工房からは、小橋さんのものづくりへの熱意が感じられます。どこかのイベントで作品を並べる小橋さんの姿を見かけたら、作品へのこだわりをぜひ聞いて見てください。熱いお話を聞くことができますよ。
【連絡先】
木と塗りの工房こばし
〒916−1222 福井県鯖江市河和田町8-2
TEL 0778-65-0415