工芸みらいプロジェクト | 立ち上げから5年。深まって来た越前漆器と町への感謝の思い。
越前漆器を知り、体験や、職人の技術を生で見学できる「うるしの里会館」では、館内のミュージアムショップが近年変化しています。黒と朱の什器が並ぶ、洗練されたショッピングバッグやパッケージ。商品の隣には、ピクトグラム付きの値札が一緒に並んでいます。越前漆器を手に取る人へ、漆器についてわかりやすく伝わるようにきちんと工夫がされている様子が伺えます。
今回紹介するのは、1500年の歴史を持つ越前漆器に、イノベーションを起こそうと奮闘している「工芸みらいプロジェクト」。
立ち上げから5年目、着々と進んでいる様子に驚きました。
大学院のプロジェクト担当として河和田へ移住。何も知らなかった越前漆器に関わるきっかけとは。
2015年に立ち上がった”工芸みらいプロジェクト”は、越前漆器協同組合・鯖江市・慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の3者が、越前漆器の新商品開発や新販路開拓を目指し誕生したプロジェクトです。
今回お話を伺ったのは木戸健(きど・たける)さんと、岩村茂幸さん(いわむら・たかゆき)さん。お二人とも福井県外の出身で、このプロジェクトに携わることをきっかけに福井に初めて来られました。
「我々は慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科のCreativeIndustryチームが全国で行う地方創生研究事業の福井県担当です。河和田町に拠点を置いて、工芸みらいプロジェクトという産官学連携のプロジェクトを推進しています。また、大学院の研究員、研究所リサーチャーなどの社会人プロジェクトメンバーを中心に、全国で地方創生事業を行う大学発ベンチャーのオークツ株式会社を創業し、会社にも所属しています。たまに学生と間違えられるのですが学生ではなく、二人とも仕事としてこの活動に取り組んでいます。」
なるほど……?!。私たちが思い描く「大学」とはちょっと違った取り組みのようです。
一過性のものではなく長期的に地域活性を行うためには、プロジェクトメンバーが住民として地域と密に連携する必要があると考え、プロジェクトを開始した2015年の夏に木戸さんが東京から移住されました。
「最初のミッションは『3D技術を活用した漆器の素地作り』でした。漆器の素地を木で作る職人が減り産地にはほとんどいなくなってしまったため、後継者不足で起こる生産量不足の問題を、3Dプリンターなどテクノロジーの活用で解決できないかと研究をはじめました。このように、産地には無いアプローチかつ将来必要になるであろうことに注目して事業を進めることが多いです。後継者育成は産地と行政が連携してすでに進められていましたので、この場合はテクノロジー活用を行おうとなりました。
今では越前漆器のブランディングや新商品開発、新販路開拓の他、眼鏡や福井県内の伝統工芸、観光に携わる方々とも一緒にプロジェクトを行っています。当初はこんなに多くの方々とお仕事をするとは思ってもいませんでした。」
常に新しいことに興味があり挑戦的な木戸さんの性格は、越前漆器協同組合や鯖江の地域住民の方々に、すっと馴染んでいったそうです。
「1年目は漆器を売るために必要なリサーチやヒアリング、試作を重ねました。越前漆器協同組合の方々へ、商品開発や販路開拓などの案をお伝えし、実際に試作を行いながら、現場を知る産地の方々のご意見をよく聞き机上の空論にならないよう気をつけながらプロジェクトを進めました。」
「当初は理事会や販売部の方々とお話する機会が多かったのですが、これからの新商品や新販路を考え作り上げていくのは若い世代が適切なのではないかという声があがり、スタートして半年ほどで漆器組合青年部と連携することとなりました。」
新たな商品、販路を作る、つまり未来を作る取り組みの中で、必然的に次世代を担う方々との協力が始まったのですね。
漆器産業の現状理解。そして、知ることから始める姿勢が大切。
「漆器産業は国内での販売が中心で、海外への販売を増やすことは長年の課題の一つです。国内需要は人口とともに減少し、和食だけでない多様な食の選択肢が増えるなど生活様式の変化、景気の問題などなど外的要因による影響を受けて漆器が売れなくなる中で、海外へ向けての販路開拓がプロジェクトのミッションとなりました。」
「現在、土直漆器が販売している“URUSHI MOBILE TUMBLR”は、我々が携わった最初のプロダクトで、コーヒータンブラーに漆を塗った商品です。他にも文房具やタバコケースなど外国人に需要がありそうな様々なモノに漆塗りの試作を行いましたが、結果的にこの商品が販売されることとなりました。」
売れるか分からない新商品の在庫を抱える前にテスト販売行おうと、「Makuake」というクラウドファンディングを活用されたそうです。
「受注販売型のクラウドファンディングでは、完成品が1つあれば商品の写真を掲載して販売を行うことができるため、同じ在庫を2つ以上持つ必要がありません。また、量産する前に絵柄や色の売れ筋などお客様の反応が確認できるため、マーケティングにも活用できます。この時は黒が売れるかと思いきや朱の方が人気で、外でコーヒーを飲むときに折角漆塗りを使うのなら、朱色で目立ちたいと思う方が多いのかなと思ったり。」
昨今、鯖江市内でも眼鏡や漆器の新商品販売をクラウドファンディングでスタートするケースが多くなってきていますが、当時は越前漆器をクラウドファンディングするのは初めての挑戦だったそうです。
「無事、クラウドファンディングが成立し、売れる商品や手法の勝ちパターンができたことを組合の方々に共有しました。事例は他の商品にも模索しながら応用していただいてるようです。これを機に工芸みらいプロジェクトに様々な相談の声をかけてくださる方も増えてきました。」
歴史は大切に。若手未来を作り続けるための計画。
組合の青年部とのやりとりは2〜3ヶ月に1回、工芸みらいプロジェクトの拠点である「COTOBA」に10人前後で集まって会議をされています。
「越前漆器の産地でつくられる商品は『伝統軸*』と『革新軸*』に分かれています。伝統的な漆器作りだけでなく、プラスチック成形や化学塗料などを新しい技術使った和食器を作る産地として、国内シェア8割の業務用漆器*を製造しています。
- 伝統軸:木地に本漆で作られる、伝統的な本漆の漆器。
- 革新軸:合成塗料や樹脂成形など、伝統工芸にはない新しい技術を使った合成漆器。
- 業務用漆器:主に外食産業で使われる漆器や漆器風の食器。
伝統軸と革新軸のどちらもしっかりとブランディングを行うべきだが、自分たちのルーツである本漆のブランディング(伝統軸)をまずはしっかり行いたいという青年部の皆さんのご意見を通じて、活動2年目から伝統軸のブランディングをNOSIGNER(ノザイナー)というデザインチームと協力して着手しました。」
うるしの里会館のショップや漆器を扱う小売店などで、本漆の商品と合成漆器が混在して並んでいると、それぞれの商品の良さを分かりにくくしているのではないかという意見も出てきたそうです。
「合成漆器は手間や材料に比較的費用がかからないため本漆の漆器と比べて安価ですが、決して質が悪いという訳ではなく、食洗機に対応したものや美しいものなど良い商品が多くあります。もちろん、手間暇かけて作った本漆の美しく丈夫な漆器も魅力的です。ですが、漆器を知らないお客様から見ると、数倍の価格差がある合成漆器と本漆の漆器の違いはとても分かりにくいのですね。お客様に産地や商品ごとの特徴が伝わらない状況では、合成漆器と本漆の漆器が同じ売り場にあることで混乱を招き購入されないケースが出るなど、機会損失が発生していました。
現在ショップには「うるしピクトグラム」が掲載された値札が導入されました。これは越前漆器の素地や塗料、食洗機や電子レンジ対応などの性能などがピクトグラムで表記され、どのような商品であるか一目瞭然にし販売促進に繋げることを目的としたものです。青年部をはじめ、越前漆器に携わる方々と蜜に連携したからこそ生まれた、リアリティのあるデザインです。
育ててくれた鯖江の人々と一緒に稼ぐという、恩返しの形。
工芸みらいプロジェクトを通して、すっかり河和田のまちに溶け込んでいる木戸さんと2018年に同じく移住されてきた岩村さん。
COTOBAは立ち上げ前の2015年春に持ち主が亡くなり、空き家となっていたところを地元の方の紹介を受け、リノベーションをして拠点として活用されています。ご近所の方にも恵まれて、気にかけてくれる方がたくさんいらっしゃるそうです。
木戸「前職は異動が多く関東を転々とする生活で、地方での生活には慣れていました。河和田にはコンビニがあって、車があればスーパーにも行けるし。欲しいものは通販で買えばいいので、田舎だから面食らうということはなかったですね。」
岩村「河和田町は団結力が強く、自分たちの町を良くしたいという熱い想いに敬意を感じています。近所の博識なおじいちゃんがよくCOTOBAに来てくださって、最近面白いことあったか?と話を聞きにくることがありますね(笑)
知らない人が訪ねてくるなんてことは、なかなか無いですし、新鮮です。河和田は移住者が多くて、地域の人の受け入れる器が大きくていいまちだなと思います。」
越前漆器のプロジェクトの他、シェアリングエコノミーの普及も進めておられるそうです。
シェアリングエコノミー(シェアエコ)とは、個人が持っている物・場所・スキルなどの活用可能な資産を、インターネットを通じて共有し、個人間で貸し借りや交換して利用し成り立つ経済の仕組みです。
木戸「都市では普及しているシェアエコですが、鯖江では知っている人もまだまだ少なく、カーシェアの推進を始めた2017年頃は福井県内に3台しか車の登録がないなど、上手く活用できていません。近所に囲炉裏を持っている蒔絵師のおじいちゃんがいて、猪鍋を一緒に作って囲炉裏を囲むというスペースシェアとスキルシェアを組み合わせていたコンテンツをTABICAという暮らしをシェアするプラットフォームで提供したんですけど、これはすごく利用者の評判が良かった。地域の遊休資産活用で住民が稼げるという状況を作りたいと思っています。」
岩村「地域活動に従事していると、儲けの部分は目がいかないということが多かったなと思っていて、持続的な地域活性を行うには『稼ぐ』ということを意識して活動することは大切だと思っています。」
鯖江へ来て地域活性の仕事に関わり、鯖江に育てられたとお二人は話します。
木戸「皆さんに協力していただいてきたからこそ私たちの今があります。それを無駄にせずお返しできるように、今後も努力していきたいなと思っています。様々なプロジェクトの延長に、一緒に稼ぎながら持続していく地域活性を目指したいです。」
しっかりと地域をリサーチして丁寧に未来を作り、地域へ返していく姿に地域への愛を感じます。
「去年と同じことはやらない」というルール。成功したことは町へ共有しよう。
越前漆器のブランディングや東京でのテスト販売、福井県の伝統工芸産地との商品開発、販路開拓やシェアエコの推進など、様々なプロジェクトを河和田町を拠点に行っています。現在表立った求人はしていませんが、いい人がいれば一緒に仕事をしていきたいとのこ
木戸「新しいことが好き、ものづくりや地域活性に興味がある、地域に溶け込もうと思える人。それと、変化に対応ができる人はきっと楽しく仕事ができると思います。基本的に昨年と同じことはやらないのがルールなので、毎年新しいことに挑戦して本当にたくさんの人と一緒に仕事をします。勉強しなくてはならないことが非常に多いけど、その分とても成長できる。」
岩村「これから何が始まるのかわからないので、特に専門的な知識は必要なく、どんどん新しいことをしたい人や、なんでもやろうとする行動力のある人が向いているのかもしれません。」
木戸さんは鯖江にきて5年目、岩村さんは2年目に突入されました。
木戸「新しいことに挑戦していかないと未来は作れません。革新の積み重ねが伝統であり、越前漆器の産地だと思います。産地の未来を、これからも皆さんと一緒に作っていきたいです。」
革新に挑み続けてきた越前漆器の産地と、新しい取り組みに果敢に挑む工芸みらいプロジェクトの力が合わさり、今後も素晴らしい越前漆器が生み出されて行くのではないでしょうか。
【連絡先】
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科/工芸みらいプロジェクト
オークツ株式会社 河和田支店(webページはこちらから)
〒916-1222 福井県鯖江市河和田町11-27
TEL:080-3313-0489(木戸)
MAIL:t.kido@okts.jp