中野知昭 | 毎日使うことを信条としたシンプルな器作り。作家として越前漆器を背負って立つ。

越前漆器産地は、業務用漆器(ホテルやレストラン等で使われる漆器)の製造で全国80%を超えるシェアを誇る、大量生産に特化した産地です。そのため、多くの漆器関係企業が業務用漆器の製造に日々携わっておられます。

そんな中、ここ鯖江市河和田地区では珍しい、一匹狼で漆器の作品を生み出す作家がいます。河和田の地から新しい作品を生み出し、全国で展覧会を開催する。そんな作家さんをご紹介します。

 

脱サラ→家業継承からの独立。鯖江を拠点に夫婦二人三脚で全国を巡る。

 

お話を伺ったのは、塗師の中野知昭(なかの・ともあき)さんと、中野柳子(なかの・りゅうこ)さん。どちらも河和田地区のご出身であり、なんと小学校からの同級生夫婦。インタビュー時の工房内の暖かい雰囲気から、仕事だけではない、夫婦の素敵な関係性が感じられました。

知昭さん

何を作家と呼ぶかはわかりませんが、一応……作家ということでやっています。産地内の仕事をすることはゼロではないけど、ほとんどが自分の作品を作ることに時間を費やしています。

柳子さん

仕事の分担としては、旦那がデザイン・制作・販売を、私が制作のお手伝いと展覧会準備、事務作業などをやっています。

産地の仕事で樹脂に漆を塗ったり、中国で作った椀の塗り替え、化学塗料で下地をしたものに上塗りをしたりという仕事に疑問を持ち、展覧会で自分の作品を販売する今のようなスタイルになったという知昭さん。修行中は職人としての仕事もしつつ、ご自身の作品制作を行っていたそうです。その間、「酒の器展」大賞や「椀One大賞」優秀賞受賞、「越前漆器展覧会」福井県知事賞受賞など、着実に実績を積んでこられました。

知昭さん

学校を卒業して1年間サラリーマンを経験して、その後、父であり伝統工芸士でもある畠中昭一に21歳のときに弟子入りしました。数年間修行をして2012年に作家として独立したんですが、偶然そのタイミングで現在の土地を借りることが出来たので、独立に合わせて現在の場所に工房を構えました。

作家としてのキャリアを重ねて行く中で、徐々にギャラリーからの展覧会の誘いが増えてきたという知昭さん。今年は10回の個展と、5回の企画展を開催されました。

柳子さん

展覧会は全国各地で開催しています。国内で一番遠いところだと、鹿児島とか。海外では台湾で2回の個展を開催する機会をいただきました。毎年定番でやるところもあれば、2年に1回など定期でやっているところもあります。

知昭さん

場所にもよるけど、個展中の数日間はギャラリーに滞在してお客様に漆器の説明をしています。少しずつですが、各地に応援して下さる方も増えてきました。

そもそも漆器を仕事にするつもりは無かったという中野さん夫婦。何がきっかけで、このような道に進まれたのでしょうか。

知昭さん

漆器の仕事に携わるのは絶対に嫌というわけではなかったけど、兄もいるし最初はするつもりはなくて。福井工業高等専門学校を卒業した後、土木設計の仕事をしていました。1年勤めたところで父が病気をしたこともあり、会社を辞めて家業を継ごうと決めました。結果的に今では漆器を20年以上もやっていて作家としてギリギリですがなんとかやっていけているし、切り替えが早かったことは結果的に良かったのかも知れません。

知昭さん

父からは基本を教えてもらって習得した後は、自分なりに綺麗に塗れるやり方を模索していきました。当時はお陰様で仕事も忙しくて、色々なものを塗らせてもらったんですが、その経験が今に生きていますね。この産地は四角いものを塗る角物師と丸いものを塗る丸物師に分かれます。その中で、父の工房は丸物を得意としていたけど四角いものを扱うこともあり、幅広い技術が身に付きました。

柳子さん

私は大学を卒業してから化学工業メーカーで十数年働いた後、畠中昭一さんのもとで2年ほど修行して、その後旦那と一緒に独立しました。

 

モデルのいない作家という生き方から作り出す、越前漆器の良さを込めた丁寧な仕事とは。

 

知昭さん

今、河和田に自分のような作家は少ないです。2010年に亡くなられた山本英明さんは近いスタイルでしたが、僕が初めて個展をする前日に亡くなられて、博多に向かう車の運転中にそのことを知らせる電話が入ったのをよく覚えています。

『普段使いのうるし』と、今はよく耳にするけど、無地のお椀とか重箱とかが広まっていったきっかけを作ったような人。今はもう無いけど、明漆会という漆工の存続を賭けて活動したグループがあって、山本さんもそこに所属されていたんです。

このまちでは珍しい人で、そんなに個展をしている方ではなかったけど、博識で、作家であり職人でもあると言っておられました。自分の考えたものを、自分が塗ったしっかりとした下地で、良い漆を使って仕上げるというスタイルがかっこよくて、僕が塗師として独立する上で強い影響を受けました。

河和田には作家というスタイルで活動をする方は少ないと話す知昭さん。河和田で作家として生きていくことについてどのようにお考えなのか、聞いてみました。

知昭さん

最初は、自分の作りたいものを自由に作っているというワクワク感が強くて楽しかったです。今では子どもたちも中学生と高校生になり、生活もあるからしっかり販売に繋げないといけないという重圧感も出てきましたね。当たり前だけど、結構大変です。

柳子さん

毎年展示会に合わせて新作を出さなくちゃいけないんですが、それが結構プレッシャーらしいです。何を作るかは二人で相談していますが、場所によって求められるものが違うので、ギャラリーの方とも相談しています。

知昭さん

個展をするたびに、一個目が売れるまではドキドキしますね。新しい作品を作っても売れるかどうかわからないし、その反応がとても気になります。

毎日一緒にいると喧嘩をすることもあります、と笑う柳子さん。夫婦で意見を素直にぶつけ合うことが、個人作家という厳しい環境の中で、これまで継続してこれた理由の一つなのかも知れません。

知昭さん

越前漆器産地は上塗りが得意な産地なので、僕も塗りをそのまま見せる仕上げが得意です。他の産地の作家はそれが出来ないから色んなテクスチャーを作ったり、刷毛の跡を見せて個性だと言っている。僕は修行時代から綺麗に塗り上げる仕事をしてきたので、今でも塗りで仕上げるのを個性としています。

以前からキミの仕事は個性が無いと言われていたこともあり、一時期は自分の個性について悩んでいました。でも、みんなが綺麗な仕上げから逃げているんだと自分に言い聞かせ、妻からも、いずれこの仕事が個性になるんだと励まされました。

柳子さん

その代わり、作家の嫁として私のチェックは厳しいですよ(笑)

知昭さん

こういうのが中野知昭さんの仕事や、と周りの人が認めていくのが本来の個性かなと思います。

(頻繁に「今ちょっと良いこと言ったやろ?」と挟んでくる知昭さん)

他の作家さんと情報交換をされる中でも、こんなに展示会の回数を重ねている人は少ないし、下請け仕事をしたり、アルバイトをして生計を立てておられる方もいるそうです。展示会だけで成り立っていることの凄みを感じました。

言葉は少ないですが、日々確かな仕事を積み重ねていく中野さん。実際に中野さんの作品を生活の中で使用されたら、その良さを実感していただけると思います。工房内にはギャラリーも併設されていますので、気になる方はぜひ下記まで連絡をしてみてください。

全国で展示会も開催されていますので、お住まい近くで中野さんの作品が見てみたい方は下記のURLに展覧会情報が出ています。

 

 

【連絡先】
中野知昭(webページはこちらから)
〒916-1221 福井県鯖江市西袋町509
TEL:0778-42-7536
FAX:0778-42-7536
MAIL:info@nakanotomoaki.com

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